玉木文之進  タマキブンノシン


[略歴]1810-76)萩藩士、松下村塾を創設、明倫館の都講、代官などを歴任、門人が萩の乱にくみし、責任を感じて自刃した。
[墓]東光寺 (地図)
[旧宅]萩市椎原1(地図)